「もし明日、突然の病気やケガで長期間働けなくなったら、生活はどうなるのだろう?」——この不安は、多くの人が抱える切実な悩みです。

不安のあまり、闇雲に民間保険へ加入してしまう人も少なくありません。しかし大切なのは、まず公的保障の全体像を正しく知り、足りない部分だけを自分で補うことです。

本記事では、病気・ケガのお金の問題を「医療費」と「収入減」の2つに分けて、公的保障の仕組みと備え方を整理します。


1. 病気・ケガのお金の問題は2つしかない

病気やケガでお金に詰まる原因は、突き詰めると次の2つです。

問題内容主な公的保障
① 医療費の支出治療費・入院費がかさむ高額療養費制度
② 収入の減少働けず給料が減る・途絶える有給休暇・傷病手当金・障害年金

この2つに、それぞれ強力な公的セーフティネットが用意されています。順番に見ていきましょう。


2. 医療費の支出には「高額療養費制度」

高額療養費制度とは、1ヶ月(月初〜月末)の医療費の自己負担額が、年齢や所得に応じた上限を超えた場合、超えた分が払い戻される仕組みです(出典:厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」)。

例えば年収500万円程度の会社員が、手術や入院で1ヶ月に100万円の治療費がかかったとします。

  • 本来の窓口負担(3割):30万円
  • 高額療養費制度の適用後:約9.3万円

(この約9.3万円は、2026年8月診療分からの自己負担上限「8万5,800円+(医療費−28万6,000円)×1%」で計算した金額で、正確には9万2,940円です。厚生労働省も、年収約370万〜約510万円の人が医療費100万円の治療を受けた場合の自己負担を約9.3万円と示しています。2026年7月診療分までの旧制度では約8.7万円でした)(出典:厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」)

「医療費がどれだけかかっても、支払いには上限がある」——この制度があるからこそ、多額の貯金や民間医療保険がなくても高額な治療を受けられるのです。

2026年8月から始まった制度改正

この高額療養費制度は、2026年8月診療分から見直されました。当初は2025年8月に引き上げが実施される予定でしたが、患者団体などの声を受けていったん凍結され、配慮を加えた案として再構築された経緯があります(出典:厚生労働省 保険局「高額療養費制度について」)。厚生労働省の公表資料に基づく主なポイントは次の2つです(出典:厚生労働省「高額療養費制度の見直しについて(令和8年8月診療分から)」)。

  • 月額上限の引き上げ(負担増):2026年8月から月々の自己負担上限が引き上げられました。例えば年収約370万〜770万円の区分では、月8万100円+αから月8万5,800円+αへ、およそ7%の引き上げです。さらに2027年8月には所得区分を細かく分ける第2段階が予定されており、区分によっては引き上げ幅がより大きくなる見込みです(出典:厚生労働省「(参考)高額療養費制度の見直しについて」)。
  • 年間上限の新設(朗報):これまで「月単位」だった計算に、新たに年間の自己負担上限が設けられました。年収約370万〜770万円の区分では年間約53万円が上限で、治療が何ヶ月続いても、1年間(8月〜翌年7月)の負担がそれを超えない仕組みです。

負担増だけを見れば痛手ですが、年間上限の新設によって「医療費の最大リスク」が金額として見えるようになったのは大きな前進です。「この金額を貯金で持っておけば、1年間どんな治療が続いても大丈夫」という具体的な目標が立てられるからです。

※2027年8月からの第2段階の詳しい内容は、厚生労働省の公式発表で最新の情報を確認してください。


3. 収入の減少には「3段階のセーフティネット」(会社員の場合)

会社員は、働けなくなってもすぐに収入がゼロにはなりません。3段階の仕組みがあるからです。

フェーズ①:有給休暇

まずは有給休暇の消化です。この期間は給料が全額支払われるため、家計へのダメージはありません。平均的な入院日数は1ヶ月程度(厚生労働省の患者調査では、病院の退院患者の平均在院日数は29.3日)のため、有給が20日ほど残っていれば多くのケースをカバーできます。しかもこの平均は、精神疾患(平均290.4日)など入院が長くなりやすい病気に引き上げられた数字で、病院の退院患者の約7割(68.4%)は14日以内に退院しています(出典:厚生労働省「令和5年(2023)患者調査の概況」)。

もっとも、有給を使うのは入院や長期の休業のときだけではありません。私は2015年ごろ、指定難病の潰瘍性大腸炎と診断されました。そのころは会社が休みの日に受診していたので、有給を使ったのは2年に1度ほどの内視鏡検査くらいです(この病気と医療費のことは指定難病の医療費助成、承認・不承認は診断名だけでは決まらないに書きました)。症状や治療の内容によっては、この程度で収まることもあります。

フェーズ②:傷病手当金

有給を使い切っても復帰できない場合、健康保険から傷病手当金が支給されます。

  • 支給額:直近1年間の標準報酬月額(おおむね月給)の平均の約3分の2
  • 期間:支給開始から通算で最長1年6ヶ月

月収(標準報酬月額)30万円なら月約20万円、最長18ヶ月で合計約360万円を受け取れる計算です(出典:協会けんぽ「傷病手当金」)。

フェーズ③:障害年金

1年6ヶ月を過ぎても働けない状態が続く場合は、障害年金の対象になる可能性があります。会社員は「障害基礎年金+障害厚生年金」の2階建てで、給与に応じた上乗せがあるぶん手厚いのが特徴です(出典:日本年金機構「障害年金」)。金額は等級や家族構成で大きく変わるため、具体額は年金事務所や「ねんきんネット」で確認しましょう。


4. フリーランス・自営業者は「備えを厚く」が鉄則

一方、自営業者やフリーランスの保障は限定的です。

  • 有給休暇がない:休んだ瞬間から収入が途絶える
  • 傷病手当金がない:国民健康保険には原則としてこの制度がなく、最長1年6ヶ月の無収入期間が生じ得る
  • 障害年金は1階部分のみ:障害基礎年金だけで、厚生年金の上乗せがない(出典:日本年金機構「障害年金」)

傷病手当金だけでも、先ほどの月収30万円の例なら約360万円の差になります。フリーランスの方は、会社員より多めの貯蓄や副収入の仕組みが必要です。


5. リスクの「実際の大きさ」をデータで知る

「働けなくなるリスクは死亡リスクの6倍」といった広告もありますが、数字は冷静に読む必要があります。協会けんぽの調査(現金給付受給者状況調査報告・令和7年度)によると、調査月(2025年10月)に傷病手当金を受給していた人のうち、支給開始から90日以内の人が約半数(47.77%)で、平均支給期間は173.38日(約5.8ヶ月)でした(出典:協会けんぽ「現金給付受給者状況調査報告(令和7年度)」)。ここでいう支給期間は、調査月に受給していた人について「支給開始から、その月に申請した分の支給最終日まで」を数えた日数で、支給が最終的に終わるまでの長さではない点に注意が必要です。長引くケースも一定数ある一方で、「何年も働けない」という最悪のケースが多数派というわけではありません。

極端なケースだけを恐れて高い保険料を払い続けるのではなく、まず「数ヶ月〜半年の休業なら貯金でカバーできる」状態を作ることが、コスパの良い備えの第一歩です。


6. 備えの優先順位——民間保険は最後の手段

対策は次の順番で考えましょう。

  1. 公的保険を確保する:会社員は健康保険・厚生年金で自動的に手厚い保障あり。フリーランスも国民年金は必ず納付(障害年金という保険機能があるため)
  2. 生活防衛資金を貯める:一般には生活費の3〜6ヶ月分(自営業者は1〜2年分)が目安とされ、これだけの貯金があれば大半の休業リスクは自力で乗り切れる。決め方は「最強の盾」生活防衛資金の作り方で詳しく扱っています
  3. 副収入の仕組みを作る:自分が動けなくても入る収入は強力なバックアップになる
  4. 民間保険は最後に検討:ここまでやっても不安が残る場合のみ。会社員は公的保障と生活防衛資金で足りるケースが多い一方、扶養家族の有無・住宅ローン・貯蓄額によって必要性は変わります。フリーランスは支払い条件が明確で精神疾患もカバーする就業不能保険なら検討の余地あり

筆者の場合:公的保障を知り、民間の医療保険を解約した

会社員で扶養家族もいない、いわゆる「独身貴族」の私の場合は、毎月の生活費も比較的少なく済みます。そこで、生活防衛資金に加えて3年以内に発生しそうな特別費まで別枠で見込んだうえで、思い切って民間の医療保険を解約することにしました。指定難病の診断を受けていることは前述のとおりですが、解約に迷いはありませんでした。症状が比較的軽く済んでいることと、生活防衛資金があれば自己負担分は十分にカバーできると考えたことが理由です。

正直なところ、実際に傷病手当金や高額療養費を使った経験はまだないので、いざというときに手続きをうまく進められるかは少し不安が残ります。それでも、毎月の保険料の支払いがなくなったことで、気持ちのうえでもずいぶん肩の荷が下りた気がしています。

なお、その後この考え方を死亡保障にも当てはめて、生命保険も見直しました。どんな順番で判断したのかは生命保険の見直しは50代がラストチャンスに書いています。


まとめ:不安の正体は「知らないこと」

病気・ケガへの不安の正体は、「何が起きて、いくら必要になるかを知らないこと」です。

  1. 医療費は高額療養費制度で上限がある(2026年8月からは年間上限も新設)
  2. 収入減は有給→傷病手当金→障害年金の3段階で守られる(会社員の場合)
  3. 足りない分は生活防衛資金で備え、民間保険は最小限に

「闇雲な不安」を「具体的な数字と知識」に置き換えれば、無駄な保険料を払わずに、合理的な備えと資産形成を両立できます。まずは自分の立場(会社員か自営業か)と、改正後の自己負担上限額の確認から始めてみてください。

※本記事で紹介した制度の内容や金額は今後変更される可能性があります。最新の情報は厚生労働省・協会けんぽなどの公式サイトでご確認ください。また、個別の保険加入の判断は、ご家庭の状況に応じて必要なら専門家にもご相談ください。

参考資料


あわせて読みたい