「働きすぎると年金が減らされるらしい」——定年後も働き続けるつもりの方なら、一度は耳にしたことがあると思います。これが在職老齢年金と呼ばれる仕組みで、長いあいだ「働き損」の代名詞のように語られてきました。

その基準が2026年4月から大きく変わりました。年金がカットされ始めるラインが、月51万円から月65万円へ。14万円もの引き上げは異例の幅で、継続雇用や再雇用を考えている方には判断材料がひとつ増えたことになります。


1. 2026年4月、何が変わったのか

2025年度(令和7年度)2026年度(令和8年度)
支給停止調整額(基準額)月51万円月65万円
年金が全額もらえる範囲年金+給与が月51万円まで年金+給与が月65万円まで

補足すると、2025年6月に成立した改正法では基準額は「62万円」でした。ただしこの額は毎年度の賃金の動きに応じて改定されるため、実際に適用されているのは65万円です。解説記事で「62万円」を見かけるのはこのためです。2026年度に適用される数字は65万円ですが、この額は今後も改定されるため、判断の際はその年度の基準額を確認してください。

狙いもはっきりしています。日本年金機構は今回の見直しの趣旨を、「平均寿命・健康寿命が延びる中で、働き続けることを希望する高齢者の方の活躍を後押しし、より働きやすい仕組みとすること」と説明しています。年金が減るのを避けるために働き方を抑える——そうした選択をしなくて済むように、ということです。


2. そもそも在職老齢年金の仕組み

厚生年金に加入して働きながら老齢厚生年金を受け取ると、給与と年金の合計が基準額を超えたときに年金の一部が止まります。計算に使う数字は2つです。

  • 基本月額:加給年金額を除いた老齢厚生年金(報酬比例部分)の月額
  • 総報酬月額相当額:その月の標準報酬月額+その月以前1年間の標準賞与額の合計÷12

支給停止額(月額)=(基本月額 + 総報酬月額相当額 − 65万円)÷ 2

※支給停止額には上限があり、基本月額を超えて止まることはありません。計算上これを超える場合は老齢厚生年金が全額支給停止となり、このとき加給年金額も併せて止まります

押さえたいポイントは3つです。

  1. 老齢基礎年金は対象外:止まるのは老齢厚生年金の報酬比例部分だけ
  2. ボーナスも計算に入る:月給だけで判断すると読み違えます
  3. 超えてすぐ全額が止まるわけではない:止まるのは超過分の半分で、上限は基本月額です

なお、60代前半で「特別支給の老齢厚生年金」を受け取る方も、2022年4月以降は65歳以降と同じ基準額が使われます。


3. 数字で見ると、どれくらい変わるのか

3つのケースで比べてみます(すべて月額)。

ケース基本月額総報酬月額相当額合計改正前(51万円)の停止額改正後(65万円)の停止額
A10万円45万円55万円2万円0円(全額支給)
B12万円50万円62万円5万5,000円0円(全額支給)
C15万円60万円75万円12万円5万円

AとBは、改正前なら毎月数万円が止まっていたのに改正後は満額受け取れます。Bのように年間66万円だった停止額がゼロになるなら、家計へのインパクトは小さくありません。収入が高いCでも停止額は12万円から5万円に減ります。

基準額を超えても、給与が増えれば年金は減りますが、給与と年金の合計額が働いたせいで逆に減ることはありません。合計額はなだらかに増える仕組みだと説明されています。「基準額を超えないよう働く時間を減らす」判断は、これまで以上に慎重に考えたいところです。


4. 2026年度は、年金額そのものも増えている

同じ2026年度には年金額の改定も行われました。

  • 国民年金(基礎年金):1.9%の引き上げ(老齢基礎年金の満額は月7万608円。昭和31年4月2日以後生まれの場合で、昭和31年4月1日以前生まれは月7万408円)
  • 厚生年金(報酬比例部分):2.0%の引き上げ
  • 夫婦2人分の標準的な年金額:月23万7,279円

ただし内訳を見ると印象が変わります。もとになった前年の物価変動率はプラス3.2%、名目手取り賃金変動率はプラス2.1%。年金額は低いほうの賃金変動率を基準に改定され、さらにマクロ経済スライドによる調整(基礎年金マイナス0.2%、厚生年金マイナス0.1%)が差し引かれました。

つまり物価は3.2%上がったのに、年金の増額は2%前後。金額は増えても、買えるものの量では目減りしています。「年金だけで暮らす」前提から「年金+働いて得る収入」で考える発想が現実的になるゆえんです(人生のお金は3幕で考える)。

ただ正直に書くと、私自身はこの1年の値上がりをあまり実感していません。しいて挙げれば食費と日用品くらいです。

たぶん理由はこうです。細かい単位——商品やカテゴリで見れば上がっているのに、月単位や年単位の支出で見ていると気づきにくいのだと思います。統計は品目ごとに測り、家計は月や年でまとめて見ています。見ている単位が違うだけで、効いていないわけではありません。

だからこそ、年金の話も「実感がないから大丈夫」では済まないのだと思います。


5. 繰下げ受給と、どちらを選ぶか

「働くなら、いっそ年金を繰り下げて増やしたほうがいいのでは」と考える方も多いはずです。繰下げ受給は66歳から75歳までの間で受給開始を遅らせる仕組みで、1ヶ月ごとに0.7%ずつ増え、75歳まで待てば最大84%。増額率は一生変わりません。

ここに、意外と知られていない重要なルールがあります。

在職老齢年金によって支給停止された部分は、繰下げによる増額の対象になりません。

働きながら年金を止められている状態で繰下げても、止まっていた分は「増える元手」にカウントされないのです。裏を返せば、基準額が65万円に上がって支給停止される人が減ったことで、繰下げの効きが良くなる人も出てくるわけです。

判断の軸は次の3点です。

  • いつまで働けそうか:健康状態と、勤務先の継続雇用制度の上限年齢
  • 年金以外の収入の柱があるか:資産をいつから取り崩す計画か(NISAの出口戦略
  • 家族の状況:配偶者の年齢や年金額によって有利な受け取り方は変わります

加給年金の扱いなど細かい条件は加入歴で変わるため、判断の前に年金事務所や「ねんきんネット」で見込み額を確認することを強くおすすめします。

私自身は、70歳まで繰り下げるつもりでいます。理由は、長生きする前提で設計しているからです。この設計の全体像は人生のお金は3幕で考えるに書きました。

ただしこれは私の前提での話で、誰にでも当てはまるものではありません。


6. 意外と知られていない「在職定時改定」

もうひとつ関係するのが在職定時改定です。65歳以上70歳未満で厚生年金に加入しながら働いている方は、基準日の9月1日時点で加入していれば、毎年10月分の年金から金額が見直されます。2022年3月以前は退職まで反映されませんでしたが、今は働いた分が毎年こまめに上乗せされます。「カットされにくくなった」ことと合わせれば、60代で働き続ける金銭的な意味合いは以前より大きくなったと言えます。


7. 50代のうちにやっておきたいこと

  1. 報酬比例部分の見込み額を確認する:ねんきん定期便やねんきんネットで。使うのは年金額全体ではなく報酬比例部分です
  2. 65万円ラインに届くか概算する:見込みの基本月額+再雇用後の給与・賞与で試算します。基準額が65万円に上がったことで、年金がカットされる対象から外れる方は改正前より大きく増えています。ご自身がカットの対象になるかどうかは、必ず見込み額で確かめてください。勤務時間を意図的に抑えていた方は、その必要があるかもここで計算し直せます
  3. 働けなくなるリスクを点検する:働く前提が強まるほど影響も大きくなります(公的保障の全体像生活防衛資金の作り方50代の生命保険見直し

ここまで書いておいて白状すると、私自身、報酬比例部分の見込み額をまだ見たことがありません。 70歳まで繰り下げると決めているのに、その元になる数字を確かめていません。

勤務先の継続雇用は調べたことがあります。上限は65歳まででした。ただ、再雇用後の給与が具体的にいくらになるかまでは聞いていません。

ここで、繰下げには前提があることに気づきます。勤務先を離れる65歳から、年金を受け取り始める70歳まで、5年あります。 繰り下げるということは、その5年を別の形で埋めるということです。

私はその5年を、自分で用意するつもりでいます。いまはその土台を作っている途中です。

なお、繰下げは請求をしていない「待機」の状態なので、途中で気が変わればいつでも降りられます。その時点までの増額率で受け取り始めることも、繰下げをやめて65歳にさかのぼって本来の額を一括で受け取ることも選べます。5年を埋めきれないと分かった時点で方針を変えられる、ということです。

そのうえで、繰下げを考えている方は、勤務先の継続雇用が何歳までかを先に確認することをおすすめします。そこが受給開始の年齢と離れているほど、埋めるべき年数は長くなります。


まとめ:「働き損」の前提が変わった

  • 基準額が月51万円から65万円に上がり、年金がカットされる人は大きく減った
  • 止まるのは老齢厚生年金の報酬比例部分だけ、しかも超過分の半分。基準を超えても、給与と年金の合計額が働いたせいで逆に減ることはない
  • 支給停止分は繰下げの増額対象にならないため、今回の改正は繰下げの判断にも効いてくる

「働くと年金が減るから、ほどほどに」という考え方は、少なくとも金額の面では前提が変わりました。まずは自分の見込み額を確認し、65万円が現実的なラインなのかを把握するところから始めてみてください。

※本記事は2026年8月時点の厚生労働省・日本年金機構の公表情報をもとに、一般的な仕組みを解説したものです。年金額や支給停止額は加入歴・給与・賞与などの個別事情で大きく異なり、基準額は今後も毎年度改定されます。実際の判断にあたっては、必ず最新の公式情報を確認のうえ、お近くの年金事務所にご相談ください。


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